シティポップとは

1970年代の終わりから80年代の日本で生まれ、2010年代の後半に世界で聴き直された音楽。何がそう呼ばれ、誰がどう作り、なぜ今も聴かれるのか。資料に書いてある事だけを、出典つきでたどります。

ジャンル解説ラジオ
聴きながら読む話 16:12・合間に曲 6 本

話は 2 人の掛け合いの解説です。曲の紹介の直後に、その曲の公式動画をこのページが流し、終わると話に戻ります。章や曲の札を押すと、そこから聴けます。

解説は、集めた資料(記事・論文)を元に AI(NotebookLM)が作った音声です。資料に無い事を言っている所があれば、下の記事と出典を優先してください。曲の音はこのページには置かず、YouTube の公式動画をそのまま流します。

ラジオで流れる 6 曲曲は、集めた資料に名前が多く出た順。公式の動画がある物だけ

1. 松原みき『真夜中のドア~Stay With Me』
2. 竹内まりや『Plastic Love』
3. 大貫妙子『都会』
4. 山下達郎『SPARKLE』
5. The Weeknd『Out of Time』
6. 杏里『悲しみがとまらない』

曲の選び方:資料に名前が多く出る順。好みで選ばず、資料の中で何本に名前が出たかで決めています。

この資料の読み方

「シティポップ」という名前は、作っていた人たちが付けた名前ではありません。だからこの資料は、名前から入らず、生まれた背景、人と曲、音の作り方、そして世界で聴き直された経緯の順にたどります。全部の文に出典の番号を付けました。音の良し悪しの判断は書いていません。

シティポップとは後から付いた名前と、その中身

0-1広告の言葉から始まった

「シティポップ」は音楽理論の言葉ではなく、1970年代後半のレコード会社と音楽雑誌が使い始めた宣伝の言葉でした。1,2

1970年代の半ば、自分で曲を書いて歌う新しいタイプのアーティストは、まとめて「ニューミュージック」と呼ばれていました。2 その中から、アメリカの最新のポップスを自覚的に取り入れたアーティストを区別したい、というレコード会社の狙いで、場当たり的にジャンル名が当てられていった、と百科事典は書いています。2 「都会的で洗練されたポップス」という意味の「シティ・ポップス」はその一つです。1

記録に残る早い例は、1976年に発売されたアメリカのテリー・メルチャーのアルバム『ロイヤル・フラッシュ』の日本盤の宣伝文句に書かれた「シティ・ポップ」という言葉です。1 1977年7月には音楽雑誌『レコード芸術』の記事で、吉田美奈子、山下達郎らが「シティ・ポップス」の音楽家としてまとめて紹介されています。1 当時は「シティ・ポップ」より「シティ・ポップス」や「シティ・ミュージック」という言い方が並んで使われていました。1

0-2作っていた本人たちが付けた名前ではない

音楽評論は、山下達郎について「本人が自覚しているかどうかは別にして、シティポップと呼ばれる音楽の頂点にいる」という書き方をします。3 名前は後から周りが付けたものです。2,3

「シティポップ」が過去の作品群をまとめて指す言葉として定着したのは、2002年に音楽評論家の木村ユタカによるディスクガイド(名盤を紹介する本)『ジャパニーズ・シティ・ポップ』が出てからです。この本は「シティ・ポップ・ガイド本の元祖にして決定版」と紹介されています。4,1 さらに2010年代の半ば以降、インターネット経由で世界的に聴き直されたことで、「1970年代後半から80年代の日本で作られた、都会的で洗練された、洋楽志向のポップス」という意味で広く使われるようになりました。5,1

研究者の見方

評論家の柴崎祐二が編んだ『シティポップとは何か』や、研究者の日高良祐らの『シティ・ポップ文化論』は、この言葉が当時は確立しておらず、後から組み立てられた分類であることを出発点にしています。6,7 百科事典も、レコード会社が場当たり的にジャンル名を当てた結果、定義があいまいなまま広まったと説明しています。2

0-3歌謡曲と、何が違ったか

いちばん大きな違いは、歌ではなく曲全体(アンサンブル)に焦点を当て、完成図を先に決めてから作る作り方にあったと解説されています。8

歌謡曲では、曲ができてから編曲家に仕上げを頼みます。シティポップは作曲・作詞の時点で、すでに完成図ができています。8 「このリズムのフォーマットで」「あの曲のイメージで」と、先に音の設計図を共有してから作るのです。8 杏里の『悲しみがとまらない』で、作詞の康珍化が作曲の林哲司から先に音の設計を示されて歌詞を書いた、というエピソードが紹介されています。8 この作り方は、後の渋谷系に受け継がれたと書かれています。8

作り方の順番の違い。資料(aormusic.jp)の整理をそのまま箱にしたもので、個々の曲がどちらで作られたかを示す図ではありません。

歌詞に描かれる「シティ」とは、高度経済成長を経た「現代の東京」だと百科事典は整理しています。1 夏の海、夜の首都高速、湾岸の夜景、ホテルのラウンジ、FMラジオといった情景が、資料の中で繰り返し挙げられる言葉です。5,9 2025年には都市計画の学会誌に、こうした「シティ」のイメージをめぐる言説を整理し、歌詞を自然言語処理で分析した論文も出ています。10

0-4年表で見る

生まれて、頂点に行き、消えて、約30年後にインターネットで見つけ直された。全体の流れはこの5つの箱です。

時代の区切りと主な出来事。11,12,13,14 区切りの年は資料の整理に合わせたもので、きっちり切れるものではありません。

生まれた背景前の世代の音楽、街とお金、聴く道具

1-1前史:はっぴいえんどからシュガー・ベイブへ

日本語のロックの土台を作ったはっぴいえんどと、その次の世代が都会的なポップスへ洗練させた、という二段階で説明されます。15,11

はっぴいえんど(細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂、作詞の松本隆)は、1969年に結成され、「日本語はロックに乗るか」という当時の論争に対して、乗ることを作品で示したグループとして紹介されます。16,15 解散後、大滝詠一はポップスの探求へ、細野晴臣はトロピカルからテクノポップへ進みます。12

そこで重要になるのが山下達郎です。山下達郎は大貫妙子らとシュガー・ベイブを結成し、1975年にアルバム『SONGS』を出しました。12,3 このアルバムは当時は商業的に成功しませんでしたが、後に「シティポップの原点」「日本語ロックの名盤」として評価されるようになりました。12,3 収録曲「DOWN TOWN」は、EPOがカバーしたことでも知られています。13 同じ1970年代中盤の「洗練期」の中心として、細野晴臣らのティン・パン・アレーの名前も挙がります。11,2

当時の日本のミュージシャンは、スティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザーズ、シカゴ、タワー・オブ・パワーといったアメリカのバンドに強く影響を受けていた、と解説されています。12,17 ファンクやソウル、ジャズのグルーヴと、ロックやポップのメロディを合わせる、という手本です。12

1-2街とお金:豊かな時代の音

1970年代後半から80年代は、高度経済成長を経てバブル景気へ向かう豊かな時代でした。5

シティポップは、その時代の楽観的で華やかな空気を色濃く映し、曲からは当時の豊かな暮らしぶりや開放的な気分が伝わる、と資料は書いています。5 夏や海、夜の首都高速といった都会的な情景を思わせる音が特徴で、その背景にはアメリカ西海岸発のAOR(大人向けの洗練されたロック)や、ソウル、ファンク、フュージョンの影響があります。5,18 日本のアーティストと編曲家は、これらの洗練された音楽を取り入れて、日本人の感性に合うキャッチーなメロディと融合させました。18

1-3聴く道具が変わった:ウォークマン、カーオーディオ、レンタル

音楽を「部屋で聴くもの」から「外へ持ち出して聴くもの」に変えた道具の変化が、この音楽の広がりを後押ししました。1,11

1979年に登場したウォークマンで、音楽を自由に持ち運べるようになりました。5,19 音楽は「部屋で正座して聴くもの」から「移動中に楽しむ風景」へ変わり、ドライブの音楽としての需要が生まれた、と資料は説明しています。11 1980年代にはレンタルショップでレコードを安く借り、自宅のカセットデッキに録音して、ウォークマンやラジカセ、カーオーディオで外へ持ち出して聴くスタイルが若者に広まりました。1,14 FM局が次々と開局し、DJが英語まじりに最新のヒットを流したことも、この音楽の空気を作ったと書かれています。19

1-4CMとドラマのタイアップ

バブル景気の消費を礼賛する時代に、CMとのタイアップから多くのヒット曲が生まれた、と百科事典は書いています。1

タイアップからヒットへ。2,14,1 1980年代に入ると、男性シンガーの都会派の曲が女性から支持され、歌謡界にもシティポップが浸透した、と書かれています。14

このジャンルを本当に押し上げた曲として英語の解説記事が挙げるのが、寺尾聰「ルビーの指環」です。孤独な都会人の気取った視点を描いたこの曲は160万枚以上を売り、世代を超えて愛され、シティポップを日本の音楽の主流へ押し出した、と書かれています。20 1981年のミリオンセラーの一つにも数えられています。2

1-51990年代に消えた理由

1990年代、バブル経済の崩壊は音楽の価値観を根底から変え、都市の輝きは失われ、シティポップは「古臭い」「軽薄」と見なされた、と資料は書いています。19

バブル崩壊で社会に停滞感が漂うと、シティポップと呼べる曲は激減しました。1,14 やがてシティポップは、1990年代に確立した「J-POP」という大きなくくりの中に埋もれていきます。14,21

地下で続いていた再評価

ただし、完全に途切れたわけではありません。1990年代初頭の「渋谷系」は、同じ時代に海外で起きた音楽の動きとの呼応と、過去の良質な音楽の再評価の中で生まれた、と紹介されています。13 英語版の百科事典は、渋谷系がジャズやファンクなどの比較的知られていない録音(レア・グルーヴ)を掘り起こす文化と結びついていたことを書いています。22 シティポップの「完成図を先に決める」作り方も、渋谷系に受け継がれたと解説されています。8

人と代表曲資料で繰り返し名前が出る人と作品

2-1一人の天才ではなく、作り手の「生態系」

音の質を支えたのは、作曲家・編曲家・エンジニア・卓越した演奏技術を持つスタジオミュージシャンのつながりだった、と資料はそろって書いています。18,3,23

資料に出てくる役割を箱にしたもの。人名は資料に名前が挙がった例です。3,24,25,26,23

演奏の面では、ドラムの青山純とベースの伊藤広規、キーボードの難波弘之が、山下達郎『FOR YOU』の録音を支え、その後も長くライブを支えたリズムセクションとして名が挙がります。3,24 吉田美奈子のコーラスと数原晋らのホーンも同じ作品で紹介されています。3 編曲家の井上鑑、ギターの今剛、ベースの高水健司は寺尾聰『Reflections』で、ベースの細野晴臣と後藤次利、ギターの大村憲司と渡辺香津美は大貫妙子『SUNSHOWER』で名前が出ます。25,26

2-2大貫妙子『SUNSHOWER』(1977年)と「都会」

シュガー・ベイブ解散後の2作目。坂本龍一にとって実質的に初めてのプロデュース作品と紹介されています。26

録音には、当時クロスオーバー(後にフュージョンと呼ばれる音楽)のスーパーグループとして注目されていたSTUFFのドラマー、クリス・パーカーが招かれました。26 クレジット上は坂本龍一は「ミュージカル・ディレクション/アレンジャー」ですが、実質的には初のプロデュース作品だった、という説明です。26 収録曲「都会」は、ラジオの曲選びで資料に名前が多く出た曲の一つです。右の動画は2023年のコンサートの公式映像(抜粋)です。

大貫妙子『都会』(2023年のコンサートの公式映像・抜粋)

2-3松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」(1979年)

1979年に出た松原みきのデビュー曲。作詞は三浦徳子、作曲と編曲は林哲司。発売から約40年後の2020年に、世界のストリーミングで大きなヒットになりました。27,5,28

洗練されたアレンジと松原みきの歌、「Stay With Me」という覚えやすいフレーズが、国境や世代を越えて届いた、と資料は書いています。5 作曲の林哲司本人は、この再燃について音楽誌のインタビューで語っています。28 広がり方の詳細は第04章で追います。

松原みき『真夜中のドア~Stay With Me』

2-4大滝詠一『A LONG VACATION』(1981年)

1981年3月21日発売。ミリオンセラーを記録し、シティポップが日本の主流へ躍り出る決定打になった、と資料は書いています。29,11

本作は、大滝詠一が録音エンジニアの吉田保と温めてきた音の世界をまとめ上げた作品で、日本のポップス史の金字塔と紹介されています。29 「ナイアガラ・サウンド」と呼ばれるその録り方は第03章で取り上げます。30,31 ジャケットの絵は永井博で、この絵柄は後の世界的な再評価でもシティポップのイメージの中心になります(第04章)。16,32

2-5寺尾聰『Reflections』(1981年)と「ルビーの指環」

俳優としても活躍していた寺尾聰のアルバム。「ルビーの指環」は160万枚以上を売り、1981年のミリオンセラーの一つになりました。20,2

編曲は鍵盤奏者の井上鑑が全面的に手がけ、ギターの今剛、ベースの高水健司ら一線のスタジオミュージシャンが参加しています。25 1981年の年間アルバムチャートには、この『Reflections』と大滝詠一『A LONG VACATION』が並びました。1 80年代初めにメガヒットした曲として、山下達郎「RIDE ON TIME」(1980年)とともに挙げられます。15

2-6山下達郎『FOR YOU』(1982年)と「SPARKLE」

『FOR YOU』は、当時から今まで山下達郎の代表作として高く評価され、鈴木英人のジャケットと1曲目「SPARKLE」のギター・カッティングで知られる作品です。3,13

「SPARKLE」の作詞は吉田美奈子。ドラムの青山純、ベースの伊藤広規、キーボードの難波弘之、サックスの土岐英史、コーラスの吉田美奈子らが録音に参加しています。24 2023年に公式のミュージックビデオが公開されました(右)。ギターの録り方には有名な話があり、第03章で取り上げます。33

山下達郎『SPARKLE』

2-7竹内まりや「Plastic Love」(1984年)

山下達郎と組んだアルバム『Variety』(1984年)の2曲目。発表から30年以上たって、YouTubeから世界に広がった曲です。34,35

研究者の寄稿は、この曲を「どこからともなく現れ、数百万人に70年代末からの日本の音楽を紹介した無名のシングル」と表現しています。35 広がった後、ワーナーミュージック・ジャパンは林響太朗の監督で公式のミュージックビデオを作り、曲は発売から30年以上たって初めて日本の売上チャートの上位10位に入りました。16 経緯は第04章で。

竹内まりや『Plastic Love』

2-8杏里「悲しみがとまらない」(1983年)

作詞は康珍化、作曲は林哲司。80年代のシティポップを象徴する踊れる曲として紹介されています。5

タイトなビートと華やかなシンセサイザーの音に、失恋の切ない気持ちを乗せた曲だと解説されています。5 この曲は、作曲家が先に音の設計を示してから作詞家が詞を書いた例として、第00章でも触れました。8

杏里『悲しみがとまらない』

2-9洋楽のどこから来たか

シティポップのアーティストたちがオマージュを捧げた洋楽は、評論家の木村ユタカの本に一曲ずつ整理されています。4,36

その本の紹介文に挙がる名前は、エアプレイ、ビートルズ、ボブ・ディラン、ビリー・ジョエル、カーティス・メイフィールド、トッド・ラングレン、ボズ・スキャッグス、ポール・サイモン、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、スティーリー・ダン、TOTO、スティーヴィー・ワンダーなど多数です。4 解説記事も、1970年代の日本のミュージシャンがスティーリー・ダン、ドゥービー・ブラザーズ、シカゴ、タワー・オブ・パワーに強く影響を受けたと書いています。12,17 演奏の面では、STUFFのようなクロスオーバー(フュージョン)のグループの存在も大きく、大貫妙子『SUNSHOWER』にはそのドラマーが参加しました。26

評論では、これは洋楽の単なる模倣ではなく、洗練された音楽を取り入れて日本人の感性に合うメロディと融合させた試みとして評価されています。18,36

音の作り方リズム、コード、楽器と機材、録音とミックス

この章の読み方

ここに書くのは、資料(当時の録音についての本や記事、今のDTMで再現するための解説記事)に書かれている「作り方」です。個々の曲の譜面や音を私が聴いて確かめたものではありません。曲名が出ている所は、その資料がその曲について書いている所です。

3-1リズム:16ビートとゴーストノート

ドラムは16ビートが基本で、2拍目と4拍目のスネアの間に小さく入るゴーストノートが、特有の洗練されたグルーヴを生む、と解説されています。12,37

ハイハットが16分音符で細かく刻み、キックとスネアでグルーヴを作ります。12 ゴーストノートとは、とても小さな音量で叩かれるスネアのことで、メインのスネアの間に「タッ」とかすかに入ります。12 ギターは、歪ませないクリーンな音で、弦をミュートしながらリズミカルにストロークする「カッティング」が定番です。コーラス(音を揺らして広がりを出す効果)をかけた透明感のある音色がよく使われます。12 カッティングは16分音符を土台にし、ここにもゴーストノートを交えると生々しさが出る、とDTMの解説記事は書いています。38

ベースは、ラリー・グラハムやルイス・ジョンソンに触発された日本のベーシストたちのスラップ奏法が、独特のグルーヴを加えました。12 DTMで再現する時の目安として、コードのルート(根音)を1拍目に置きつつ、5度や7度をオクターブ違いで絡め、シンコペーション(拍の裏への音の移動)を意識的に入れる、と整理されています。38

リズムの土台になる2つ。解説記事の記述を箱にしたものです。12,38

3-2コード:テンションと「明るさの中の陰り」

ジャズやフュージョンの影響を受けた豊かなハーモニー。メジャーセブンス、9度、11度・13度のテンション、ディミニッシュ、オーギュメントが惜しみなく使われ、「ただの4コードのループ」では終わらない、と解説されています。12,38

今のDTMで再現するための解説記事は、よく使われる進行の型を5つに整理しています。ツーファイブワンにテンションを足す型、マイナーセブンスを平行移動させる型、サブドミナント・マイナーを借りる型、ディミニッシュの経過和音を挟む型、分数コード(オンコード)を使う型です。37 ここでは、効き方が説明されている2つを箱で示します。

①は、コードを半音から全音ずつ下げるクリシェ的な進行で、いちばん上の音(トップノート)がE、D、C、G♯と滑らかに下がるのが美しさの理由だと説明されています。②は同主調から借りたIVm7で、明るい流れに一瞬の陰りを置く型です。37 コード名だけを示し、音の高さは描いていません。

ほかに、目的のコードの直前にそのドミナントを挟むセカンダリー・ドミナント(たとえばCmaj7 → E7 → Am7 → D7 → Dm7 → G7のE7とD7)が、色彩を豊かにする手段として挙げられています。38 メジャーセブンス、9度、add9のような拡張コードの多用は、80年代シティポップの定義の一つとして整理されています。38

気をつける所

この5つの型は、今のDTMで「シティポップらしい音」を作るための解説記事の整理です。1970〜80年代の個々の曲が本当にこの進行で作られているかは、曲ごとに譜面や耳で確かめる必要があります。

3-3楽器と機材:電気の鍵盤、アナログシンセ、リズムマシン

80年代の音は、アナログシンセ(オーバーハイムやローランドのJunoなど)と生の楽器の融合だった、と整理されています。38

パートごとの機材。解説記事の記述をまとめたものです。12,38,37
有名な録り方:「SPARKLE」のギター

山下達郎「SPARKLE」のイントロのカッティングは、アンプを鳴らして録られたものではありません。本人の言葉として「DI(ダイレクトボックス)を通してるだけで、卓直(ミキシングコンソールに直接接続)とEQ(イコライザー)のみ」という録り方が紹介されています。33 山下達郎は1976年、ニューヨークでの『CIRCUS TOWN』の録音の際に600ドルほどでテレキャスターを買ったと、同じ記事に書かれています。33

3-4録音とミックス:三点定位と「被り」の利用

録音エンジニアの吉田保は、「古典的な三点定位」と「深いリバーブ」を特徴とし、大滝詠一と山下達郎の作品で特に知られています。23,39

三点定位とは、各パートの音像を「左」「中央」「右」にはっきり割り振るミックスの考え方です。吉田保は2014年から、かつて手がけたアーティストを中心に自らリマスタリングした「吉田保リマスタリング・シリーズ」を出しており、日本レコーディングエンジニア協会の理事長も務めています。23 初めての単著『シティ・ポップの「音」をつくった男』も出ています。39

吉田保の録音の2つの特徴。書籍の紹介記事の記述を箱にしたものです。23

大滝詠一の「ナイアガラ・サウンド」については、『A LONG VACATION』の「君は天然色」の録音が、本人とエンジニアの言葉で紹介されています。昔ながらの方法で、まずマルチマイクを立ててリズムを録り、それを録りの段階で2トラックにまとめる。EQやコンプで音を決め、定位も決めて同時録音した、という説明です。30 一斉にスタジオで演奏することで演奏に緊張感が生まれ、音が分厚くなる効果があり、楽器間の音の「被り」を利用して音圧を稼ぐのは、1960年代のフィル・スペクターにさかのぼる考え方だと書かれています。30 楽器店のコラムは、アコースティックギター3人、パーカッション5人といった大人数で、被りも計算して音を作るため、マイクの立て方に想像を超えるノウハウが要ると解説しています。31

DTMの解説記事は、ミックスの要素としてコンプレッションとテープサチュレーション(テープの磁気飽和の質感)を挙げています。37

3-5ふつうの録り方と、ナイアガラの「せーの」

当時のふつうの録音は、リズム楽器を先に録り、鍵盤やギターを重ね、最後に歌を入れる順でした。大人数の「せーの」の一発録りは、むしろ珍しいことでした。31

楽器店のコラムは、たくさんの楽器を同時に一発録りするのは効率が悪く、東京のスタジオ代は高いので誰もやりたがらないが、「ナイアガラ・サウンド」はそれを実行した、と書いています。31 一方、山下達郎「RIDE ON TIME」(1980年)は、打ち込みのドラムとファンキーなベース、一人で多重録音した美しいコーラスワークが融合した曲として紹介されています。12 同じ時代の中に、大人数の一発録りと、一人の多重録音の両方があったわけです。

世界的な再評価2010年代半ばから2020年代

4-0流れを先に見る

再評価の主な出来事を順に並べたもの。5,34,32,13,40

4-1YouTubeのおすすめと「Plastic Love」

最初の大きな起爆剤は、YouTubeのおすすめの欄に出続けた、ある非公式の動画でした。34,35

竹内まりやは、1984年の「Plastic Love」のある投稿が何百万人ものユーザーのおすすめに現れ始めるまで、西洋の聴き手にはほとんど知られていませんでした。35 その動画のサムネイルは、アメリカの写真家アラン・レヴェンソンが別のシングルのために撮った竹内まりやの写真でした。16 動画は2年で2,500万回再生され、「シティポップという小さなジャンルの結び目」になった、と研究者の寄稿は書いています。35 2018年の英語の記事は、再生数が2,000万回を超え、今では多くの人の日常の再生リストに入っていると伝えています。34 その投稿は写真の著作権の申し立てで削除されました。16 効果は目に見える形で現れ、ワーナーミュージック・ジャパンは公式のミュージックビデオを作り、曲は発売から30年以上たって初めて日本の売上チャートの上位10位に入りました。16

なぜ「おすすめ」が効いたか

資料は、動画を見つけた人が「自分の聴き方を決めるための、デジタル空間のレコード店」としてYouTubeを使うようになった、という表現を紹介しています。34 1984年の日本の曲が、2017年ごろの海外の若者の気分にそのまま届いた、という読み方です。

4-2先に下地を作っていた音楽:ヴェイパーウェイヴとフューチャーファンク

おすすめで広がる前に、インターネット発の小さなジャンルがシティポップをサンプリングの元ネタとして海外の耳に届けていた、と資料は位置づけます。5,12,41

2010年代初めにインターネット上で生まれた「ヴェイパーウェイヴ」は、80〜90年代のCMソングやBGMなどをサンプリングし、ピッチを落としたりエフェクトをかけたりした、独特の浮遊感とノスタルジーを持つ音楽です。5,41 その元ネタとして日本のシティポップが多く使われたことで、海外のコアな音楽ファンの注目を集めました。5 そこから派生した「フューチャーファンク」は、シティポップのサンプルをフレンチハウス的なノリで組み直すジャンルで、Macross 82-99やNight Tempoが代表的です。12,42 「Plastic Love」は、フューチャーファンクの音を強く形作った例として挙げられています。42

4-3TikTokとSpotify:「真夜中のドア」が世界1位に

2020年、舞台はTikTokとSpotifyへ移り、松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」がSpotifyの世界バイラルチャートで18日連続1位になりました。28,5,43

きっかけは、韓国のDJ、Night Tempoによるリエディットと、インドネシアの歌手RainychによるカバーがYouTubeに投稿されたことだった、と紹介されています。13 Rainychのカバーをきっかけにインドネシアで人気が高まり、世界に広がりました。42 同じ時期、TikTokでは日本にルーツを持つ海外の若者が、母親にこの曲を聴かせて、すぐに曲を認識する反応を撮る動画の型が繰り返されました。16,42 レコード会社は2020年12月25日の時点で「15日連続世界1位」として復刻盤の商品化を発表し、1stアルバム『POCKET PARK』も商品化されました。27

4-4サンプリングがメジャーの頂点へ

地下のサンプリング文化で育った好みが、世界のトップアーティストの作品に直接たどり着いた例が2つあります。40,3

カナダのR&Bアーティスト、ザ・ウィークエンドのアルバム『Dawn FM』(2022年)の収録曲「Out of Time」は、亜蘭知子が1983年に発表した「Midnight Pretenders」(作曲:織田哲郎)をサンプリングした曲で、この曲は2022年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでR&Bビデオ部門を受賞しました。40

もう一つは、アメリカのラッパー、タイラー・ザ・クリエイターです。全米1位のアルバム『IGOR』(2019年)の「GONE, GONE / THANK YOU」で、山下達郎の「FRAGILE」(1998年『COZY』収録)を引用しました。15,3,4 音楽メディアは「まるごと弾き直し・歌い直しで引用」と表現し、届かなかった各国の音楽ファンに山下達郎の音が再発見され続けている、と書いています。3

The Weeknd『Out of Time』

4-5海外の編集盤:『Pacific Breeze』

配信で広がった後、海外のレーベルが正規ライセンスの編集盤を出す流れができました。32,44

アメリカ・シアトルのレーベル、Light in the Atticの『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1976–1986』(2019年)は、同じレーベルによる細野晴臣の作品の再発や、1980年代の環境音楽の編集盤に続いて出されました。32 ジャケットの絵は永井博です。32 批評には、大滝詠一や山下達郎のような中心人物が入っていないことを指摘する声もありました。32 シリーズは続き、第3集『Pacific Breeze 3』(1975–1987年の音源)では、永井博の絵をあしらったビーチタオルやスリップマットも作られています。44

4-6絵の力:永井博と鈴木英人

海外の人にシティポップを説明してもらうと、名前は知らなくても2人のイラストレーターの絵を描写する、と英語の解説記事は書いています。16

永井博は1947年に徳島県で生まれ、美術学校を目指して上京しました。16 その「プールとヤシの木」の絵は、大滝詠一『A LONG VACATION』のジャケットで知られます。16,45 鈴木英人は山下達郎『FOR YOU』(1982年)のジャケットを描きました。13,24 百科事典は、真夏のビーチ、海沿いのハイウェイ、スイミングプールといったイメージが1980年代初頭の作品群で支配的だったと整理しています。1 海外の若い聴き手にとって、こうした絵と音は「自分が経験していない時代や場所への郷愁」を作り出す、と英語の解説記事は書いています。41

4-7地域ごとの受け止め方

受け止め方は地域で違い、それぞれの場所の作り手が自分の版を作って日本に「逆輸入」する動きも起きています。42,15

  • 韓国:DJのNight Tempoが日本の80年代シティポップや歌謡曲をリミックスし、2021年には『松原みき – Night Tempo presents ザ・昭和グルーヴ』が出ています。15 韓国の歌手Yukikaの2020年のアルバム『Soul Lady』は、日本のジャンルの語法で作る韓国の作り手の例として挙げられ、韓国の音楽賞のポップ・アルバム部門にノミネートされました。16 K-POPとシティポップの関係を特集した販売店の記事では、LE SSERAFIMやNCT 127などの名前が挙がります。13
  • 東南アジア:インドネシアの歌手Rainychのカバーが「真夜中のドア」の再燃のきっかけになりました。13,42 インドネシアのバンドIkkubaru(2015年『Amusement Park』)やタイのPolycatのように、シティポップの影響を公言する海外のミュージシャンも生まれています。15,42
  • 欧米:ヴェイパーウェイヴやサンプリングの文化から入り、YouTubeのおすすめで広がりました。34,35 海外の編集盤『Pacific Breeze』のように、正規の再発でまとめて聴く道もできています。32

4-8国内への逆輸入と、新しい世代

海外の熱は国内に戻り、シティポップの美学を受け継ぐ「ネオシティポップ」と呼ばれる動きが活発になっています。5,12

2020年代の日本では、シティポップのDNAを受け継いだ新世代として、Suchmos、LUCKY TAPES、cero、Nulbarich、若手ではiri、向井太一、Vaundyらの名前が挙げられています。19 彼らは80年代のコード感やグルーヴを現代的に組み直している、という説明です。19 日本で比較的無名だった曲が海外で人気を集める例も多く、泰葉「フライディ・チャイナタウン」や秋元薫「Dress Down」は、DJがクラブで取り上げたことで再評価されました。42

研究者の整理

シティポップを「失われた未来への懐古」として読む論考があります。聴いているのは1980年代の日本そのものではなく、高速道路を滑る車、FMラジオ、湾岸の夜景、ホテルのラウンジといった記号が、現実の生活から切り離されて音楽の中に残ったものだ、という見方です。9 一方で、当時のアナログ機材と熟練のエンジニアによる録音の完成度こそが、40年以上後に海外で「発掘」される理由の一つだ、という音の側からの説明もあります。19

出典

  1. 「シティ・ポップ」ウィキペディア日本語版 百科事典(言葉の初出・時代区分・再評価の経緯)
  2. 「ニューミュージック」ウィキペディア日本語版 百科事典
  3. シティポップ(再)入門:山下達郎『FOR YOU』 揺るぎない最高傑作(Real Sound) 音楽メディアの記事
  4. 木村ユタカの著書一覧(ディスクユニオンの書籍紹介。『ジャパニーズ・シティ・ポップ』増補改訂版の紹介文を含む) 販売店の書籍紹介
  5. シティポップとは?海外で人気の理由やおすすめの名曲・アーティスト(ナユタス) 音楽教室の解説記事
  6. 書評『シティポップとは何か』(OTOTOY) 書評
  7. 『シティ・ポップ文化論』(フィルムアート社の書籍案内) 書籍案内
  8. AOR歌謡とは?シティ・ポップとどう違うか徹底解説!(aormusic.jp) 専門サイトの解説記事
  9. シティポップの「シティ」とは何か:“失われた未来”への懐古としてのシティポップ論(小神野真弘・note) 個人の論考
  10. シティ・ポップにおける「シティ」のイメージ(都市計画論文集・J-STAGE) 学術論文(歌詞の言葉の分析)
  11. シティポップ(City Pop)完全攻略ガイド(ミュージック ファースト) 解説記事
  12. 【音楽ジャンル】シティポップとは?特徴・歴史・おすすめ曲を徹底解説(note) 個人の記事
  13. 【シティポップ×K-POP】レトロは国境を越える(HMV&BOOKS online) 販売店の特集記事
  14. 【シティ・ポップとは】世界が再注目する音楽はどうやって生まれたのか?(うたびと) 音楽メディアの記事
  15. 【シティ・ポップ年代記】シティ・ポップの始まりって?(メンズノンノ ウェブ) 雑誌の記事
  16. Japanese City Pop: Genre, Artists, Best Songs and Albums(Japan Clothing) 海外の衣料品店のブログ(英語・長い解説記事)
  17. City pop(英語版ウィキペディア) 百科事典
  18. シティポップとは?代表するアーティストや名曲をご紹介(GYOKKODO) 買取店の解説記事
  19. シティポップ再発見:海外DJ・YouTube世代がハマった理由(MMR) コラム
  20. A Guide to City Pop, the Soundtrack for Japan's Bubble-Era Generation(nippon.com) 英語の解説記事
  21. 「J-POP」ウィキペディア日本語版 百科事典
  22. Shibuya-kei(英語版ウィキペディア) 百科事典
  23. レコーディング・エンジニア吉田保、初の単著が発売決定(芽瑠璃堂) 書籍の紹介記事
  24. 山下達郎『FOR YOU』のクレジット一覧(ファンによる記録) 個人の記録サイト
  25. 寺尾聰、「ルビーの指環」を含む名作『Reflections』のリ・レコーディング版を発表!(CDJournal) 音楽メディアの記事
  26. 大貫妙子『Sunshower』の作品紹介(芽瑠璃堂) 作品紹介
  27. リリースから40年の快挙!! 松原みき「真夜中のドア/Stay With Me」復刻盤商品化決定(ポニーキャニオン otonano) レコード会社の知らせ
  28. 林哲司はシティ・ポップと“真夜中のドア〜stay with me”再燃に何を思う?(Mikiki) 作曲家本人のインタビュー
  29. 大滝詠一 A LONG VACATION 読本(ステレオサウンド) 書籍案内
  30. 大滝詠一/君は天然色(前編)(circustown.net) 書籍からの抜粋記事
  31. シンセサイザー鍵盤狂 漂流記 その80(サウンドハウス) 楽器店のコラム
  32. Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR and Boogie 1976–1986(英語版ウィキペディア) 百科事典
  33. 山下達郎の使用ギター|1978年製テレキャスターと「SPARKLE」のライン録り(soundmania) 楽器店のブログ
  34. How Youtube's Algorithm Turned an Obscure 1980s Japanese Song Into an Enormously Popular Hit(Open Culture) 英語の記事(2018)
  35. The curious case of Mariya Takeuchi's Plastic Love(Musical Urbanism・Vassar College) 大学のブログ(研究者の寄稿)
  36. 木村ユタカ『シティ・ポップに愛をこめて 名曲・名盤ルーツ探訪の旅』刊行(Billboard JAPAN) 書籍の紹介記事
  37. DTMで作るシティポップサウンド|コード進行・音色・ミックスを完全解説(コアミュージックスクール) DTM スクールの解説記事(今の DTM で再現する時の整理)
  38. シティポップ楽曲制作の完全ガイド|80sから現代シティポップの作り方(コアミュージックスクール) DTM スクールの解説記事
  39. 『シティ・ポップの「音」をつくった男 レコーディング・エンジニア吉田保 録音術』(書籍案内・books.or.jp) 書籍案内
  40. Out of Time (The Weeknd song)(英語版ウィキペディア) 百科事典
  41. What Is City Pop? The Japanese Music Genre That Went Global(RouteNote) 英語の解説記事
  42. 日本のシティポップ:世界を魅了する音楽現象と影響力あるアーティストたち(note) 個人の記事
  43. JCC E-Magazine May 2023: City Pop(在シンガポール日本国大使館) 大使館の広報記事(英語)
  44. Light in the Attic continues to unearth funky city pop sounds via 'Pacific Breeze 3'(Mixmag Asia) 音楽メディアの記事(英語)
  45. レコード・コレクターズ増刊 アロング・ア・ロング・バケイション(ミュージック・マガジン) 音楽誌の増刊の案内

この資料の作り方:AI(NotebookLM)の深い調べもので集めた記事・論文・公式の情報を人が読み、資料に書いてある事だけを出典番号つきで書きました。音の良し悪しの判断は書いていません。ラジオの音声は同じ資料から AI が作った物です。2026-11-02 作成・Bills House。

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